アントニオ猪木から学ぶ苫米地式コーチング | KASAIコーチの公式サイト

アントニオ猪木から学ぶ苫米地式コーチング

苫米地式コーチングの最重要エッセンスである「現状の外側」。
輪ゴムを指にかけて、ちょっと引っ張るよりも、うんと力を入れて引っ張った方が遠くへ飛びます。
なので、ゴールは遠ければ遠いほど良いというわけです。

実際、苫米地博士も、優秀な事業家も、常に勝負を仕掛けていっています。
このことから、優秀な科学者、経営者は話の内容そのものよりも、内容が固定化されないところに、私たちの眠った能力を覚醒させるポイントがあると考えることができます。

私たちは、お金であれ、家族であれ、固定化されたものに、安定を求めます。
しかし、苫米地式コーチングのエッセンスである「現場の外側」を紐解いていくと、固定化されたものに安定はないという事実が浮かび上がってきます。

安定はないと知ることが真の安定

  • お金
  • 仕事
  • 家族
  • 何かの教え
  • 他人の考え
  • 自分の考え
  • 自然

  • などなど

といったものに、私たちは安定を求めがちです。
しかし、あなたも経験的によく知っているように、こういったものに、安定を求める、執着しても、安定はありません。
止まっていると、刺激、生きている感覚がなくなります。
つまり、私たちが求めている安定は、動いているものにしかない。
本に答えを求めようと思う。でも、本に安定を求めようとしても、そこには安定・安心はないんです。

アントニオ猪木の有名な詩の「道」を引用すると、

「この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
踏み出せばその一足が道となり その一足が道となる 迷わず行けよ 行けばわかるさ」

(この詩は、実際には、清沢 哲夫という方の『無常断章』のものらしいです。)

まさに、正解があるのではなくて、今、あなたが踏み出した一歩が現実を作っていくということです。
アプリオリな回答・真理はない、アプリオリなものはなく、お金、仕事、家族、誰々の教え、本、自然、神、これらには答えはなく、これらへの執着を捨てた時に、眠っていた能力が引き出されます。

私の現状の外側の体験談

自然に執着しても答えはないと言いつつ、先週末私は、都内の金毘羅山という山の近くにある千年の契の杉を見てきました。

千年の契の杉は、樹齢1,000年らしく、まさにそびえ立っていました。
木の王様という貫禄がありつつも、周囲の木を優しく見守るたたずまいに、人間様が頂点という歪んだ考えを改めさせてくれました。

数年前『Coffee&Cigarette』という映画で、自然を愛する人を「leaf people」と言うというセリフがカッコいいと思い、長年、けもの道を歩いてみたいと思ったのですが、ようやく行くことができました。

そういう意味では、私にとっては、けもの道を歩くことは、現状の外側でした。

東京都内にある山で、 奥多摩・高尾エリアにあります。
10時半ごろに最寄りの駅に着くと、金比羅宮⇒あじさい山⇒千年の契の杉と3つの山を一度に登ることができ、自然に触れるにはオススメの場所です。

固定化されない


私たちは、経験⇒知識⇒記憶⇒思考⇒行動というステップで、考えたり、行動したりします。
しかし、このプロセスの一つである知識は、どこまで行っても全宇宙の知を知るなんてことは不可能なので、ほんの一部の知識に基づいて思考・行動するしかありません。
完全に正解を知って、思考・行動するなんてことは、お釈迦様でもできないわけです。

なので、完全なる知識を求めるよりも、猪木スタイルで、踏み出したその一歩が道となるという方が、絶対迷わず行けます。